歴代の家つくり
![]() |
![]() |
大工の家に生まれ、父・祖父の背中を見て育ち、いつかは、自分も立派な棟梁になりたいとの想いから、山形県立山形工業高校の建築科に入学 卒業後、大工見習いから始まり、山形の(株)市村工務店住宅部 (株)丸健で5年間の修行を積み重ね家業を継ぐその間、山寺の奥の院、芭蕉記念館、三万石などの大規模建築から社寺建築・数奇屋づくり洋風・和風住宅など数多くの住まいを手がけ、技術を磨く 家業を継いでから、元請の仕事100%から、徐々に仕事が激減、下請け工事もするようになり、過去最低の6千万円まで落ち込み試行錯誤の末、一丸発起。 高品質で低価格な住まいをお客様に提供するために必死にコストダウンや標準仕様などのルールを決め、大沼建築の新部門として「ウィズホーム」を立ち上げました。 これからも「ウィズホーム」は、名前の通りお客様といっしょに考え、それぞれの理想の生活スタイルに合った空間提案をさせていただき、お客様の立場に立った住まいづくりに全力をつくしていきます。 |
|







戦前、何もなかった時代、製材所の職工の父を持つ初代が大工の道に入るために山形へ修行。鬼の棟梁といわれた後藤鉄蔵氏に弟子入り昭和5年 20歳の時に独立。そして、創業。町場の仕事は、おかかえ大工により独占され、しかたなく周辺の部落の農家を訪問硬い仕事と朝6時から夜10時まで働く姿をお客様に評価され、口コミで評判になる

平成元年初代の哲蔵氏の死去のより、二代目を承継する。

大工の家に生まれ、父・祖父の背中を見て育ち、いつかは、自分も立派な棟梁になりたいとの想いから、山形県立山形工業高校の建築科に入学 卒業後、大工見習いから始まり、山形の(株)市村工務店住宅部 (株)丸健で5年間の修行を積み重ね家業を継ぐ




